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※エゼキエル書に人のような形をした 4つの顔を持った生きものが出てきます。
前の方には「人」の顔、 とあります。 |
しし
●きい4本能、の釈迦の意識のところに対応してくる生きものは何かというと獅子です。
釈迦の意識で悟られた***○○○し←ω α→し○○、のαωは「しし」で、“ひかり”は134の4●きいです。
わし
次に●あお6智性は、***モーセの意識とあります。6は心の断面図の一番高いところにあります。
ここにはモーセの座があるとイエスが次のように言っています。
そのときイエスは、群衆と弟子たちに語っていわれた「法律学者とパリサイ人とは、モーセの座に座っている。 だから、彼らがあなたがたに言うことは、ならうな。 彼らは言うだけで、実行しないから。 また、重い荷物をくくって人々の肩にのせるが、それを動かすために、自分では指一本も貸そうとはしない。 そのすることは、すべて人に見せるためである。 ・・・(中略)・・・ だれでも自分を高くするものは低くされ、自分を低くするものは高くされるであろう。(マタイ伝 23.1〜23.12)
これらの言葉は、高慢な思いを戒めた言葉ですが、6(モーセの座)の位置が高い場所にあることを表していると同時に僧正慢の源泉池が智性6であるということです。
余談ですが6を持っている人は智性に太いパイプで光が送られていますから知識を集積すれば真実が悟れると思っている人が多いようです。
どの人もきちんと自分の考え方を持っていて余程のことがないと自分の考え方を修正しようとはしません。良くも悪くも非常に頑固です。
モーセといえば十戒、聖書の出エジプト記第20章にあります。その前の19章はモーセがシナイ山に登っていく重要な章です。
19章の1と9は**αωで、**循環を表し心の世界を解明していくとき、いろいろなところに出てきます。
****心の事は4ということで第4節を見ると、
あなたがたは、わたしがエジプトびとにした事と、あなたがたを鷲の翼に載せてわたしの所にこさせたことを見た。(出エジプト記 19.4)
とあります。神はイスラエルの民を導いたモーセを鷲にたとえているようです。
うし
残るはうしだけとなりました。
***教祖134が最後の講演(亡くなる2O日程前)の途中でなんの脈絡もなく「マホメット、釈迦、イエス、モーセの教えが一つにならなければ、世界は大調和しないのです」それまで公開の席上マホメットについて講演したことはありません。
イスラム教の聖典コーランは編集法が変わっていて年代順が逆でαがωに来ていて、ωがαになりコーラン全体が、「αでありωである。」「始めであり終わりである。」の循環の仕組みを表しています。
そのコーランは2頁、牝牛の章が実質的な本文の始まりです。
●みどり5、にマホメットに通ずる意識と、うしを対応させることは不自然ではないようです。
そこにALMと出てきますが、ALMの意味はおそらく永遠に解らないでしょう。
ただアルファベットを1234・・・と数えていくと、
A→1
L→12→3
M→13→4
となり教祖134の光になるということです。
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こんな言葉の遊びのような、と思われるかも知れませんが光を解明していくヒントはすぐ身近なところに有るということです。 たとえば自分の名前とか地名や周りの自然など、また聖書が出てきますが世界中どこに行っても各国の言葉に訳されているベストセラーです。
それと日本語でその様になっても言葉が違えば、どうにもならないではないかと言うかもしれません。 言葉は意識の表現手段です。ですから***言語が違っても意味が一致してくる場合が多々あります。 |